令和9年(2027年)4月1日から、犯罪収益移転防止法(以下「犯収法」)の施行規則が改正され、本人確認の方法が大きく変わります。
司法書士は、犯収法上の「特定事業者」です。金融機関だけの話ではなく、私たちの日常業務にも直接関わる改正です。
この記事では、警察庁(JAFIC)などの公表資料をもとに、改正のポイントと、司法書士が実務で気をつけたい点を整理します。施行まで約半年。今のうちに、事務所の運用を見直しておきましょう。
1. 今回の改正のポイント
何のための改正か
警察庁は、本人確認書類の偽造・変造によるなりすましのリスクが高い確認方法を廃止し、本人確認書類に組み込まれたICチップの情報を読み取る方法を原則とする方向で、規則を改正しました。
改正の全体像
施行規則の改正は、次の3本の命令で行われています。
| 命令 | 内容 | 施行日 |
|---|---|---|
| 令和7年共同命令第2号 | スマートフォンに搭載したマイナンバーカード機能(カード代替電磁的記録)を本人確認に利用可能に | 公布日(令和7年6月24日)から施行済み |
| 令和7年共同命令第3号 | 非対面の本人確認方法の見直し(リスクの高い方法の廃止など) | 令和9年4月1日 |
| 令和8年共同命令第1号 | 対面の本人確認方法の見直し | 令和9年4月1日 |
いつの取引から新ルールか
新しい規則が適用されるのは、施行日(令和9年4月1日)以降に行う取引時確認です。
なお、すでに取引時確認を行って確認記録を保存している顧客との取引は、同一人であることを確認する「取引時確認済み」の取扱いができます(ただし、ハイリスク取引や特別の注意を要する取引は、改めて取引時確認が必要です)。警察庁のQ&Aでは、施行前にICチップ付きの写真付き本人確認書類の提示を受けて確認し、記録を残している場合は、施行後も記録の確認で足りるとされています。
2. 司法書士が対象になる場面
対象となる業務(特定業務)
犯収法の義務の対象になるのは、次の①〜③についての代理または代行に係る業務です。
- 宅地・建物の売買に関する行為または手続
- 会社等の設立または合併等に関する行為または手続
- 現金、預金、有価証券その他の財産の管理または処分
依頼者からの法律相談などは、対象になりません。また、次のものは特定業務から除かれています。
- 租税、罰金、過料等の納付
- 成年後見人等、裁判所または主務官庁により選任される者が職務として行う他人の財産の管理・処分
取引時確認が必要になる場面(特定取引)
取引時確認が必要になるのは、次のような特定受任行為の代理等を行うことを内容とする契約の締結の際です。
- 宅地・建物の売買に関する行為・手続
- 会社等の設立・合併等に関する行為・手続
- 200万円を超える現金、預金、有価証券その他の財産の管理・処分
(200万円の基準は、③の財産の管理・処分についてのものです。任意後見契約の締結は、特定取引から除かれています。)
確認すること
司法書士が取引時確認で確認するのは、本人特定事項(氏名・住居・生年月日)に加え、取引を行う目的、職業(法人は事業の内容)、法人の場合は実質的支配者です(令和6年4月1日から)。なお、司法書士については、資産および収入の状況の確認は不要とされています。
確認記録と取引記録は、いずれも7年間の保存が必要です。
3. 【対面】の本人確認はこう変わる
窓口での対面の本人確認は、司法書士にとって最も影響が大きい部分です。
| 現行 | 令和9年4月1日以降 |
|---|---|
| イ方式:写真付き本人確認書類の提示 | 新イ方式:ICチップ付きの写真付き本人確認書類の提示 + ICチップ情報の読み取り |
| ロ方式:イ以外の本人確認書類の提示 + 取引関係文書の転送不要郵便での送付 | 新ロ方式:対象を限定して継続。ICチップのない写真付き書類(運転経歴証明書、身体障害者手帳など)または住民票の写し等の提示、あるいはICチップ付きで写真のない書類(16歳未満の在留カード、1歳未満のマイナンバーカードなど)の提示+読み取りを行い、転送不要郵便での送付(または役職員が住居に赴いての交付)を行う |
| ハ方式・ニ方式:写真のない書類の複数提示、補完書類との併用など | 廃止 |
ポイント① 「見るだけ」では足りず、ICチップの読み取りと券面の照合が必要
新イ方式では、マイナンバーカード、運転免許証、在留カード、特別永住者証明書、旅券などのICチップ情報(氏名・住居・生年月日・写真。旅券は氏名・生年月日・写真)を読み取ります。
警察庁のQ&Aでは、読み取ったICチップ情報と券面情報とを照合することが求められています。偽造・変造による、なりすましを防ぐことが趣旨だからです。
ポイント② 写真付き書類をお持ちでない高齢の方への対応
運転免許証を返納された方が持つ運転経歴証明書は、ICチップのない写真付き書類として、新ロ方式の対象です。この場合は、提示を受けたうえで、取引関係文書を転送不要郵便で送付する(または住居に赴いて交付する)必要があります。
資格確認書(健康保険証)や母子健康手帳などの写真のない書類を、複数組み合わせて確認する方法(ハ・ニ方式)は使えなくなります。
ポイント③ ICチップが読めないとき
顧客がICチップの読み取りを拒否したり、読み取れなかったりする場合に、追加の本人確認書類の提示で補うことは、認められません(警察庁は、追加書類を用いた偽造になりすます事案が想定されることを理由としています)。
読み取れない場合は、住民票の写しの提示を受けて取引関係文書を転送不要郵便で送付する方法など、別の本人確認方法で確認します。読み取りを拒否される場合は、偽造・変造の可能性にも配意しつつ、別の方法をとるよう促すことが適当とされています。
なお、事務所側の読み取り機器の不具合の場合は、合理的な期間内にICチップ情報を読み取ることで、取引時確認を完了させることができるとされています。
ポイント④ 代理人が来所する場合
代理人が委任者の本人確認書類を持参する場合も、委任者の本人確認書類と代理人(代表者等)の本人確認書類の両方について、ICチップ情報の読み取りが原則とされています。法人の代表者や取引担当者についても同様です。
4. 【非対面】の本人確認はこう変わる
遠方の依頼者や、海外在住の相続人・売主とのやり取りでは、非対面の確認が問題になります。
廃止されるもの
- 本人確認書類の画像と、本人の容貌の画像を送信してもらう方法
- 本人確認書類の画像情報のみを送信してもらう方法
- 本人確認書類の写しを2点(または補完書類とあわせて)送付してもらい、転送不要郵便を送る方法
存続・中心となるもの
- ICチップ情報の送信を受ける方法(特定事業者が提供するソフトウェアを使用)
- スマートフォンに搭載したマイナンバーカード機能(カード代替電磁的記録)を使う方法(すでに利用可能)
- 公的個人認証(署名用電子証明書)を使う方法
- 住民票の写し等(偽造防止措置のあるもの)の原本の送付を受け、転送不要郵便を送る方法(コピーは不可)
なお、「書類の写しの送付と転送不要郵便」で足りるとされる方法は、給与振込口座や証券口座の開設といった、特定の取引に限られています。司法書士の業務は、これに当たりません。
海外在住の方など
住民基本台帳法の適用を受けない外国人や、国外転出者については、非対面の例外的な確認方法(書類の写しの送付と転送不要郵便など)が設けられています。ただし、転送不要郵便を送る国は、その方法が担保されている国に限られます。
法人の確認
法人(外国法人を除く)を非対面で確認する場合に、登記事項証明書などの本人確認書類の送付を受ける方法では、写しは認められず、原本が必要になります。登記情報提供サービスの利用など、他の方法は継続します。
5. 司法書士が実務で気をつけたいポイント
① 読み取り環境は、事務所側で整える
警察庁のQ&Aでは、次のことが示されています。
- 読み取りに使うアプリは、民間企業が提供するものも利用できる(地方公共団体情報システム機構(J-LIS)の券面事項表示ソフトウェアや、デジタル庁のマイナンバーカード対面確認アプリなども例示されています)
- 顧客が用意した機器での読み取りを認めず、事務所が用意した機器に限る運用も許容される
- 読み取った情報は、映像面に表示して、券面と照合できる形で確認する
マイナンバーカードや運転免許証のICチップの読み取りでは、暗証番号の入力が必要になる場合があります。お客様に事前に案内しておくと、当日の混乱を避けられます。
② ご依頼の段階で、お持ちの書類を確認する
「マイナンバーカードまたは運転免許証をお持ちください」と、案内文に明記しておくのがおすすめです。ICチップのある書類をお持ちでない場合の方法(住民票の写し+転送不要郵便など)を、あらかじめ決めておきましょう。
③ 住所変更後の書類に注意
運転免許証や在留カードでは、住所変更後も、ICチップの情報が旧住所のままになっていることがあります。警察庁のQ&Aでは、券面に記載された新住所を確認するとともに、ICチップの旧住所と券面の旧住所が一致することを確認するなどして、適切に住居を確認するとされています。
④ 旅券(パスポート)には住所がない場合がある
令和2年2月4日以降に発行された旅券には住居の記載がないため、現在の住居を、別の書類(住民票の写しなど)で確認する必要があります。
⑤ 確認記録の作成
- ICチップ情報や読み取りのログを、確認記録に残すことまでは求められていません(自主的にログを保存することは可能)
- 従来どおり、本人確認書類の提示を受けた日付と時刻などを記録します
- ICチップを読み取った画面を印刷したものは、「本人確認書類の写し」には当たりません
- マイナンバーカードは、裏面の写しを取らない、個人番号を書き写さないなど、番号の取扱いに注意します
⑥ ハイリスク取引
なりすましの疑いがある取引、特定国等(現時点ではイラン及び北朝鮮)に居住・所在する顧客との取引、外国PEPsとの取引では、通常の確認方法に加えて、追加の本人確認書類の提示や送付など、より厳格な確認が必要です。
⑦ 事務所の体制整備
特定事業者は、取引時確認の実施手順を定めた規程の作成、使用人への教育訓練などを行うよう努めなければならないとされています(努力義務)。今回の改正にあわせて、規程・マニュアルを見直しましょう。
6. 施行までにやっておきたいこと(チェックリスト)
- ☐ 改正後の本人確認方法(新イ・新ロ)と、廃止される方法を、事務所内で共有する
- ☐ ICチップの読み取り機器・アプリを選び、実際に試す
- ☐ 読み取り→券面の照合→記録、までの手順書を作る
- ☐ 読み取れない場合・ICチップのある書類がない場合の代替手順を決める
- ☐ 遠方・海外在住の依頼者への対応方法を決める(写しの送付では確認できなくなります)
- ☐ 依頼者向けの案内文(お持ちいただく書類、暗証番号など)を更新する
- ☐ 代理人来所時の運用(委任者・代理人の両方の読み取り)を決める
- ☐ 規程・マニュアルを更新し、スタッフ研修を行う
おわりに
今回の改正は、「書類を目で見て確認する」ことから、「ICチップの情報を読み取って、券面と照合する」ことへの転換です。
不動産の売買や会社の設立など、大きな取引に関わる私たちにとって、本人確認は、依頼者と取引の安全を守るための基本です。準備は、早めに、少しずつ進めていきましょう。
情報時点:2026年9月20日(警察庁JAFIC「犯罪収益移転防止法の概要(令和8年8月7日時点)」までの公表資料に基づきます)/施行日:令和9年(2027年)4月1日
参考資料(公的機関の資料)
- 警察庁 JAFIC「犯罪収益移転防止法の解説、パブリックコメント」
- 警察庁 JAFIC「犯罪収益移転防止法の概要(令和8年8月7日時点)」(PDF)
- 警察庁 JAFIC「令和8年改正犯罪収益移転防止法施行規則(令和8年3月6日公布)に関するQ&A」(PDF)
- 警察庁 JAFIC「令和7年改正犯罪収益移転防止法施行規則(なりすまし等のリスクの高い本人特定事項の確認方法の廃止等)(令和7年6月24日公布)に関するQ&A」(PDF)
- e-Govパブリック・コメント「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令(令和8年…省令第1号)」(意見募集結果・命令本文)
- e-Govパブリック・コメント「同(令和7年…省令第3号)」(意見募集結果・命令本文)
- e-Govパブリック・コメント「同(令和7年…省令第2号)」(意見募集結果・命令本文)
